大判例

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東京地方裁判所 昭和43年(ワ)13636号 判決

原告

高橋勉

代理人

荒木孝壬

被告

東京急行電鉄株式会社

代理人

田中登

二宮充子

第一 主文

(1)  被告は原告に対し金一九、四〇〇円およびこれに対する昭和四三年一二月八日より支払済迄年五分の割合による金員を支払うべし。

(2)  原告その余の請求を棄却する。

(3)  訴訟費用はこれを一〇分し、その九を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

(4)  この判決第一項は仮に執行することができる。

第二 当事者双方の申立

(一) 原告(訴訟代理人)

(1) 被告は原告に対し金一、三〇九、四〇〇円およびこれに対する昭和四三年一二月八日より支払済迄年五分の割合による金員を支払うべし。

(2) 訴訟費用は被告の負担とする。との判決ならびに仮執行の宣言を求める。

(二) 被告(訴訟代理人)

(1) 原告の請求を棄却する。

(2) 訴訟費用は原告の負担とする。との判決ならびに原告勝訴の場合担保を条件とする仮執行免脱の宣言を求める。

第三 当事者間に争いない事実

(一) 事故の発生

発生時 昭和四二年六月九日午後一〇時二七分頃

発生場所 東京都大田区田園調布一丁目一八番一号先路上

事故自動車 (1) 被告会社所有、同社雇傭運転手訴外川畑利行運転の事業用大型乗用自動車(品二い一四〇九)

(2) 訴外東京タワー交通株式会社所有、同社雇傭運転手訴外山口英弘運転の事業用普通乗用自動車(品五う二二七七)

事故態様 交差点における出合頭の衝突

(二) 被告の責任原因

被告会社は、本件事故の際前記事故自動車(1)を、自己の運行の用に供していた者である。

第四 争点

(一) 原告の受傷と治療状況

(一) 原告

原告は本件事故の際、事故自動車(2)に乗客として乗車していた者であるが、右衝突事故のため、頭部外傷の傷害を受け、なお脳波検査の結果には異常が認められ、下肢反射遅感があるほか、自覚症状として左側頭部に重圧感、全身にわたり疲労感、そして左眼暈眩感があるため、通院加療中である。

(二) 被告

原告の右主張はすべて知らない。

(二) 原告の損害

(一) 原告

原告は、昭和二八年三月東京学芸大学卒業後、同年四月よりは東京都大田区立入新井第一小学校、昭和三二年五月よりは同都渋谷区立猿楽小学校、昭和三五年四月よりは同県大田区立六郷小学校において教鞭をとつて来ている教員であり、これまで病気らしい病気に罹つたこともない程健康に恵まれ、通称教頭試験と呼ばれる管理職試験の準備に勤しんでいたのである。ところが、本件事故のため、前記したような後遺症状に悩まされ、通院治療を余儀なくされているほか、教員としての職責上不可欠な思考力ないし気力に著るしい減退がみられるようになり、その職務遂行に多大の支障が感じられるに至つている。右症状のため現在迄長期の休職をなすまでには至つていないけれども、治療あるいは休養のため必要とする休暇が、ともすれば有給休暇を上回りそうになつており、このままでは、今後の給与にも影響を及ぼすことになる可能性が大である。妻子をかかえた原告にとつて右のような実情からくる将来への不安は絶大なものがあり、これを慰藉するには金一、五〇〇、〇〇〇円をもつて相当と考えられるところ、原告は訴外東京タワー交通株式会社よりその内金一九〇、六〇〇円の支払を受けたので、原告は被告に対し、残額金一、三〇九、四〇〇円およびこれに対する本件事故日より後の日で本訴訴状送達の日の翌日である昭和四三年一二月八日より支払済迄年五分の割合による民法所定の遅延損害金の支払を求める

(二) 被告

原告主張の損害は不知、もつとも訴外東京タワー交通株式会社より原告が損害賠償金の支払を受けたことは認めるが、右金員は金一九〇、六〇〇円を越える金二〇〇、〇〇〇円という額であつた。

(三) 弁済および免除の抗弁

(一) 被告

(1) 原告は、本件事故におけるもう一方の事故自動車の運行供用者に当る訴外東京タワー交通株式会社との間で、訴訟外の和解を成立させ、右訴外会社が原告に金二〇〇、〇〇〇円を支払い、原告は訴外会社のその余の債務を免除するものとしている。

(2) しかるところ、本件事故は次のとおりの状況で発生したものであり、被告と訴外会社は共同不法行為の責任を負うことになる。即ち、本件事故は幅員約7.7米の道路(以下A道路という)と幅員約8.3米の道路(以下B道路という)が直角に交る交差点で発生したものであるが、右交差点は、見通しはよくなく、また信号機の設置もなく、B道路の交差点手前に一時停止の標識があるだけの交差点であつた。

被告会社の大型乗用車はA道路を時速三〇粁で進行し、本件交差点にさしかかり、左右からの車両進行の気配のないまま、時速を二〇粁程度に減速したのみで交差点に進入したところ、突然右方の道路から、一時停止標識を無視して訴外会社の普通乗用車がかなりの速度で交差点に進入してくるのを発見し、直ちに急制動の措置をとつたが、及ばず、大型車の右前輪部分と普通車の前部が衝突した。

そうすると右事故は、被告会社の大型車の徐行義務違反、訴外会社の普通車の一時停止義務違反とが相重なつて発生したものといえるので、原告に損害ありとすれば、被告と訴外会社とが連帯して賠償しなくてはならぬことになる。

(3) そうなると、もし原告の損害が金二〇〇、〇〇〇円を越えていないものであれば、訴外会社の支払で、原告の損害賠償請求権は消滅したことになり、仮りにこれを越えるとしても、原告が訴外会社に債務を免除した限度で、少くとも双方の過失割合(被告三、訴外会社七の割合)によつて定められる訴外会社が本来負担すべき部分については、被告の利益のためにも債務の免除の効力を生ずると解すべきであるから、原告の請求は少なくとも右限度では理由がない。

(二) 原告

被告の抗弁のうち、原告が本件事故の損害賠償金として金二〇〇、〇〇〇円を受領したことは認めるが、その余の事実は争う。なお右二〇〇、〇〇〇円の内訳は、治療費が九、四〇〇円、慰藉料が、前にも述べたように一九〇、六〇〇円である。

第五 当裁判所の判断

(一) 本件事故の発生、(第三(一))は当事者間に争いなく、<証拠>をあわせると、次のような事実を認めることができる。

原告は既に十有余年に亘り小学校教諭の職にある者であるが、本件事故の際訴外東京タワー交通株式会社所有の事業用普通乗用車に乗客として乗車しており、本件事故のため頭部外傷の傷害を受け、直ちに事故現場近くの外科医院で応急手当を受けたほか、東邦大学病院に昭和四二年六月一〇日、一二日、一三日、二二日、同年七月一三日、二四日、二八日、同年八月七日、二四日、同年九月一八日、二八日、昭和四三年三月二二日、同年四月四日、同年七月一日通院加療、三楽病院神経科に昭和四三年一〇月一日、五日、一二日、二二日、同年一一月九日、同年一二月三日、二八日、同病院外科に昭和四三年七月三一日、同年八月七日、二二日、二九日、同年一〇月一日各通院加療につとめた結果、昭和四二年六月二二日および昭和四三年一〇月一二日の脳波検査の際には認められた軽度の不規則連波も、その後の検査では現われないようになり、時に首筋から背中にかけて固く凝るような状況となつたり、夕暮時左眼が眩しいような感覚を覚える症状があるものの、医師の治療を必要とするまでのものではなくなつている。また原告は、事故後約二週間休養し、その後まもなく始まつた夏期休暇中は出来る限り静養に努めたものの、九月の新学期以降は他の同僚と殆んど変わりなく登校勤務しており、昇給など給与関係については不利益を受けていない。しかし原告は事故前の昭和四一年八月、約一〇%の合格率といわれる通称教頭試験と呼ばれる管理職試験を受験し、昭和四二年度も受験の予定であつたところ、本件事故のため、同年の受験を断念せざるをえなくなつてしまつた。

以上の事実が認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

そうすると、本件事故の一方の自動車の運行供用者であること争いのない(第三(二))被告は、その責任を免がれうる要件を主張立証しない本件においては、右認定のとおり、本件事故のためその身体を害された原告のこれによる損害を賠償しなくてはならないところ、右認定の事実に照らすと、原告が本件事故により受けた精神的損害は金二一〇、〇〇〇円をもつて慰藉するのが相当であると認められる。

(二) しかるところ、右慰藉料について、当事者間に争いのないところの既弁済額一九〇、六〇〇円をこえ、金二〇〇、〇〇〇円に達する金員の支払がなされたとの趣旨の被告の主張があるので、この点につき検討するに、原告が本件事故の損害賠償金として、金二〇〇、〇〇〇円を受領していることは当事者間に争いないところであるけれども、<証拠>をあわせると、右金員が支払われた時点では、なお本件事故のため受傷した原告の治療のため費された金九、四〇〇円が治療者側に対し、未払のまま残存しており、そして、右受領金のうち金九、四〇〇円は慰藉料ではなく治療費として支払われていることが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はないので、慰藉料として支払うべき金二一〇、〇〇〇〇円より、原告自陳の金一九〇、六〇〇円の金員を控除した金一九、四〇〇円が、なお支払われるべきものということになる。

(二) ところで被告は、抗弁として、弁済および免除の主張をなし、被告の原告に対する損害賠償責任の全部又は一部の消滅を説くので、右主張について検討する。

本件事故により原告の蒙つた損害額、そしてこれに対し弁済された額が前記認定のとおりである以上、弁済によつて被告の原告に対する損害賠償責任がすべて消滅したとはいえないから、この抗弁は採用することはできず、次に免除の抗弁につき考えるに、まず、本件事故における被告と訴外会社の過失割合は、当事者間に争いのない本件交通事故が交差点における出合頭の衡突であること<証拠>により認められる本件事故発生交差点は幅員7.70米のA道路と、幅員8.30米のB道路が直角に交る、信号機の設置なく、見通しもよくない交差点で、交通整理も行なわれていないところであつたこと、B道路の交差点手前には一時停止の標識が設けられてあつたのであるが、訴外会社の雇傭運転手訴外山口英弘は乗客である原告と行先につき問答していたため、前方注視を怠り、一時停止標識を見落し、時速約四〇粁でB道路を進行し、一時停止義務の履行を怠つたまま交差点に進入せんとしたため、左方からA道路を進行し交差点に進入せんとする被告会社所有大型車を約一二米の距離で発見するや、急制動を施すと共に、ハンドルを右に切つて衝突を避けようとしたが及ばず、本件事故に至つたこと、他方被告会社大型車の運転手も、本件交差点に進入するに当り、夜間で交通量の少ないことに安心し、徐行を怠り、時速約二〇粁で進行して衝突に至つていること(以上の認定を覆えすに足りる証拠はない)などを綜合すると、原告を受傷させたという結果に関する限りでは、被告会社との間での訴外会社の過失割合は、徐行義務違反と一時停止義務違反ということに鑑み、より重いことは明らかであるにしても、七〇%を越えることはないとみるのが妥当であるといえ、そして共同不法行為者の一方に対する免除のいわゆる絶対的効力は、一方では求償・不当利得返還などの煩瑣複雑な事後処理を出来る限り残存させるべきでないとの要請がある故に、共同不法行為であるとの一事でもつて常に否定されるべきではないけれども、他方被害者にとつてみると(共同)不法行為における損害額および負担部分が、免除の意思表示する際不明確なことが多く、かかる故に、被害者の予期せぬ賠償額の減少という結果を招来させてはならないことなどを比較勘案すると、右絶対的効力は免除なくば当該共同不法行為者がその負担部分として最終的に負担すべきであつた金額を下回る金額の支払をもつて、その余の損害額の支払を明確に免除の意思ととれる行為をもつて免除している場合に、始めて論議されるべきものと考えられるところ、これに従うと、前示過失割合により定められる負担部分を、前記したとおり、超過して、訴外会社が既に支払つている本件においては、その余の点につき判断するまでもなく、被告の抗弁を採ることはできないことになるわけである。

(四) そうとすると、被告は原告に対し、損害賠償金一九、四〇〇円およびこれに対する本件事故日より後の日で、本件訴状送達の翌日であること記録上明らかな昭和四三年一二月八日より支払済迄年五分の割合による民法所定の遅延損害金を支払わなければならないが、原告のその余の本訴請求は理由なく失当である。よつて右の限度で原告の本訴請求を認容し、その余を棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条、仮執行の宣言について同法第一九六条を適用し、仮執行免脱宣言の申立は相当でないから、これを付さないこととし、主文のとおり判決する。

(谷川克)

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